ジュエルレター

ジュエルレター 2017年3月

みなさん、こんにちは。
 
 お彼岸も過ぎ、日中はずいぶん暖かい日が続きます。
 私が亡父との思い出で最も多く残っているものは、家族みんなで行くお墓参りです。我が家のお墓は走水にあり、音橘姫と日本武尊の伝説で有名な走水神社の隣のお寺です。観音崎灯台や猿島、東京湾を行きかう船が一望できるところに先祖は眠っています。小さいころから私たちは何かというとお彼岸でなくてもお墓参りに行き、夏はそのまま観音崎で海水浴というのが休みのレジャーの定番でした。また、私が小学生のころ、父の父が亡くなり、お墓で父が声をあげて泣いていたことがあり、その姿が強く心に残っています。大人の男の人が泣くんだな‥と思いました。そんなわけで、お墓参りにはさまざまな思いがつまっていて、お彼岸を迎えるころになると父との懐かしい思い出がよみがえってくるのです。
 
 姫路市の認定保育園が、20人以上も定員をオーバーし、給食も人数分頼まずに分け合っていたなど信じられないことが報道されています。無認可ながら同じ保育にかかわっているものとして、胸が痛みます。しかし、この施設の悪質さはかなり広まっていたはずなのに、定員をはるかにオーバーしてでも預けざるを得なかった親がたくさんいることに驚かされます。それだけ、子供の預け先に切羽詰まっていたんだと思います。
 昔だったら幼稚園に入るまでは、母親が働いていても同居のおじいちゃんおばあちゃんや近所の人たちに助けてもらえたけれど、今は、とくに母親は孤独です。働かなければばらない経済状況でも、育児や家事もきちんとしなければという無言のプレッシャーの中で子育てをしています。私もそうでした。でも、「自分は仕事も子供も得ているんだから。少しくらい辛くても仕方がない」と自分自身を励ましながら、ある意味開き直りながら、働いてきたように思います。今回のこの騒動の中で、子供をこのような劣悪な保育所に預けていたお母さんたちの気持ちを考えるといたたまれなくなります。自分を責めないでほしい。そう願うばかりです。
 
 それにしても、子供を育てることがこんなに大変と感じさせてしまう世の中ってやはり変です。子育ては、とても魅力的なことだし、子供と一緒に親も成長できる体験なのに、幼児虐待の件数は増加の一途、子供を産まないことを選択する女性も増えてきています。社会が子供にあまりにも無関心で、また、子育てを卒業した人たちも、当事者でなくなると他人事になって関心が薄れてしまうのも、政治家や行政にとって子育て支援が、老人福祉の充実よりも後回しになってしまう原因ではないでしょうか。子供は社会の宝だと思います。国ではなく、その地域の事情にあった地域一番の子育て支援政策があるべきだと考えます。
 
 国会の証人喚問のニュースを見ていると、政治家のレベルの低さにあきれてしまいます。喚問された証人のほうがしたたかで理性もあるように見えます。豊洲問題での百条委員会の石原さんや国会の証人喚問の森友学園の籠池さん、ろくに勉強もしていない国会議員がパフォーマンスで責め立てても何の真相解明にはならず、余計に本質が見えなくなってしまった感があります。役人の思うつぼというところでしょうか。ワイドショー的展開になり、ゴシップをあがく方に重点が置かれ、豊洲決定に至る経緯や、金額決定の根拠などはわからずじまい。森友学園の方も、安倍首相の奥さんのことばかりで、土地代金の大幅値下げの経緯や許認可に対する政治家、官僚の関与など重要なことはうやむやのままです。
 
 横須賀中央駅から市役所へ行く千日通り入り口に押しボタン式信号があります。何年も前からボタンを押しても何のランプもつかず、文字も出てこないので気になっています。信号が変わるので作動はしているのでしょうけど、市の玄関口と言えるようなところで、利用者の多い信号が壊れていても何年もほったらかしにしているのが今の横須賀市です。
 今年は市長選の年。吉田市長の公私混同ぶりが新聞をにぎわしていますが、彼には、なぜ市長として立候補したのか、その時の気持ちを思い出してほしいです。市民のために、横須賀市のために、何をしてきたのか、何をしたかったのか、きちんと伝えてほしいです。パフォーマンスだけの政治家はもういらないのです。

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